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【再録】君の為にここにいる 2
お久しぶりの更新になりました、こんばんは。
早く更新したいとかほんとどの口で言っているのかorz

大変お待たせしましたが、「君の為にここにいる」の続編の再録希望のお声をたくさん頂きまして、ありがとうございました^^
そんなわけで本日は再録のお届けになります。
パラレルの携帯電話物の続きとなっておりますので、1を踏まえたうえでよしつき合ってやるよっていう優しいお方は追記よりお進みください。

あと、お知らせも一つ。
8/20の大阪インテックスのスペースナンバーが発行されました。
 6号館C ふ11b 「光の箱庭」 になりますので、お越しになられるかたがおられましたらよろしくお願い致します。
既刊誌とコピー本を持って行く感じになります。
新刊の方もコピー本でカイセツ本(全年齢)←前回、勢いでR本出して少し反省した模様です(笑) が出ますので、合わせてよろしくお願いします^^

すっかり更新もご無沙汰ですが、コメントや拍手くださるみなさま、本当にいつもありがとうございます。





君の為にここにいる 2







 良くも悪くも、人間という物は、慣れる生き物である――。


「最上さん。朝だよ? そろそろ起きて?」
 レース生地の遮光カーテンがシャッという音を立ててレールを滑り、キョーコの顔に朝日がかかる。
 その眩しさに自然と身じろぎするも、昨夜遅くまで学校の課題と向き合っていた事で睡眠時間が短いキョーコは、あともう少しだけ眠りたいという誘惑に抗えず、むにゃむにゃと何事かをつぶやきながら温かな布団の中へと潜り込んだ。
「全く。しょうがないな……」
 キョーコに所持される人型携帯電話『敦賀蓮』はそんなキョーコの無防備な姿に苦笑を漏らし、彼女を起こす為には何が効果的であるか試算する。
「起きないと悪戯するよ?」
 蓮が体重をかけた事により、ギシリと音を立てて可愛らしいハート柄のカバーがかけられたベッドが軋む。
身に迫る危機に全く気付いていないキョーコがすやすやと眠る中、蓮は寝息をたてる唇に自分のソレを重ねた。
「ん…………ぅ? ……んむっ!!!」
 突然息苦しさに襲われたキョーコが目を見開けば、自分に口づけているのが蓮だと分かり、自分を組み敷く逞しい身体を押しのけようと肩をドンドンと叩いた。
もう起きました。必死でそうアピールするも、蓮の口づけは激しさを増すばかりで逃れられない。
「ふぅ……ん……」
 口腔内の至る所をくまなく舐められ、キョーコの背にぞくぞくとした快感が走ったところで唇はようやく解放された。
「ぷはっ。あ、朝から何するんですか!」
呼吸の荒いキョーコが抗議すれば、蓮は余裕の微笑みでもって自分の唇を濡らす唾液を手の甲で拭う。
「何って、朝ご飯かな」
 キス=食事と称されたキョーコの頬に赤味が増した。
「っ! なんでそう卑猥な言い方しかできないんですかっ! 充電って言ってくださいよっ」
「ああ。うん。充電だね」
特別反省した様子も見せずにけろりとする蓮にキョーコがぷんすかとしながら「充電はコーヒーでしてくださいってお願いしてるでしょう!?」と声を荒らげるも、
「はいはい。ところで、最上さん? そろそろ起きないと本当に遅刻するよ?」
 にっこり笑顔で指差される方向を見れば、壁にかけられた時計は無情な時刻を示していた。
「へっ? ……って、いやーっ!!!!!」
これが最近、富によく見られるようになった最上キョーコ宅における朝の一コマである。



 敦賀蓮という最新人型携帯電話が最上キョーコの所有物となって半年。
 蓮が最新型たる由縁はこれまでにない充電方法にある。
従来型であれば、みな一様に電力を体内のバッテリーに蓄積し稼働するのだが、蓮の場合は水分を動力源として血管に似せた回路を循環させる事で内蔵バッテリーが占める割合を激減させる事に成功している。それこそコーヒー一杯でも一日十分に動ける燃費の良さだ。
 それ故にまかり間違えて水分を大量摂取してしまうと放電しなければならない。等といった裏事情もあるのだが、この充電方法を取り入れた結果、他の携帯電話よりもより高性能なプログラムを内蔵する事に成功し、その知識はどこぞの巨大なコンピューターに匹敵する程だった。
 それほど高性能な彼が一般市民であるキョーコの元にやってきたのは、キョーコが持っていた携帯電話が、坊シリーズの初期型という今では現存する物が皆無であり、故障していても尚、アンティークとして非常に価値の高い物だった事による物々交換の結果なのである――。


「で、ここに、このRを代用して当てはめると、Tから導き出されるのは?」
「あ! なるほど、21ですね!」
「そうそう。正解」
「わー。分かりやすいです」
 二人は休憩時間の教室で予習に励んでいた。
「うん。良くできました」
「敦賀さんの教え方が上手だからですよ」
 赤い丸がずずいと並ぶテキストを満足げに見下ろした蓮は、キョーコの頭をくしゃりと撫で、キョーコは嬉しそうに笑う。と、そんな二人の世界に割り入る声があった。
「って、お前ら! 意味の分からねぇ暗号飛ばしてんじゃねぇ!」
「あれ? 不破くんいたの?」
 長机に並んで座り、甲斐甲斐しく勉強を教える蓮の背後から怒鳴り声を上げたのは、学園のアイドルと名高い不破松太郎だ。
 ちなみに。二人が見ていたページは授業では半年後に学ぶ内容にあたるので、松太郎の言う暗号という表現はあながち間違いではない。
「いたのじゃねぇ! 俺の目の前の席でいちゃいちゃいちゃいちゃしやがって、うっとおしいんだよっ!」
二人としては、並んでテキストを解いていただけなのだが、真後ろの席の松太郎には肩が触れ合う密着度が目に余ったらしい。
「いちゃいちゃ? 何言ってんの? アンタ」
「目の前で目障りなんだよ」
無自覚なキョーコは首を傾げ、松太郎の言いたい所を察した蓮はクスリと笑った。
「俺がでかいから黒板が見えなかったんだよね? ごめんね」
「ちっげぇよっ!!」
にっこり笑顔の蓮に松太郎は噛みつく勢いでがなり立てる。
「大丈夫ですよ、敦賀さんは足が長いだけで座高は高くないですから、見えないのはコイツの目が節穴なんです」
「キョーコっ! てめぇっ!」
遠慮のないキョーコに松太郎は額に青筋を浮かべて撤回しろとまくしたてるもキョーコは相手にしなかった。
「あのー。授業始めても大丈夫かな?」
「っ!」
「あ! 緒方先生、すみませんっ!」
さらに言い募ろうとした松太郎だったが、担任である緒方の登場によりタイミングを失い、苦虫を噛み潰した表情で着席する。
「では、現代社会のテキストを開いてください。近年の携帯依存症について、です。レポートも提出してもらいますからそのつもりで」
「はーい」とクラス中が返事をする中、蓮は授業のサポートをする為の学習モードに切り替わり、以降、無言でキョーコの様子をじっと見つめていた。


「そういえば、そろそろ定期メンテナンスに行かないといけませんね」
最新機種の蓮はまだ量産される前の試作機という事もあり、月に一度の定期点検が義務づけられている。
「ああ、もうそんな時期か」
「今度の日曜日の朝ですよ。起こしてくださいね?」
蓮を見上げてふふふと笑うキョーコと手を繋いだ蓮は「かしこまりましたご主人さま」と笑う。
「今夜のご飯は何にしようかなぁ」
「夕べはオムライスだったから、今夜は和食にすればどう? 冷蔵庫に残っている食材から可能な料理は……そうだな。筑前煮とか?」
「あー、いいですね! じゃあ鶏肉を買いにお肉屋さんに行きましょう」
「うん」
二人は手を繋いだまま商店街に向かい歩く。極自然にエスコートする蓮によって迷う事も躓く事もない。
「そうそう。敦賀さんと一緒だと、どこのお店のおばちゃんもいっぱいオマケしてくれますから、実はちょっとヘソクリが出来たんですよ」
「そうなの?」
「敦賀さん、マダムキラーですもん、ふふ」
「役に立ってるならいいんだけど」
 自覚のない蓮はキョーコの言葉に苦笑していて、そんな蓮にキョーコは朗らかに笑う。
「はい! だからコーヒー屋さんにも寄りましょうね」
「コーヒー屋さん?」
普段お茶を好んで飲むはずのキョーコの発言に、思わず訝しい表情を浮かべた蓮に、キョーコは事も無げに言った。
「敦賀さんのおかげですから、敦賀さんのコーヒー豆、ちょっと贅沢なやつにしましょうね」
「…………」
「敦賀さん?」
目を見開いて反応が無い蓮に、キョーコは不思議そうにぱちくりと瞳を開いて見上げる。
「ああ……いや、ありがとう。とても嬉しいよ」
 普段からキョーコがどれだけ倹約に励み、質素に生活をしているかを知っている蓮にとって、キョーコのこの申し出は行動予測のどこにもない出来事で、驚きのあまり、思考回路が一瞬の変調をきたし、会話に間が出来てしまった。
(ああ……これが嬉しいという事か)
元通りに動きだした回路の中で、今自分の中にある感情システムを分析すれば、次第に乱れた波形は落ちついていく。
「? だったらいいんですけど」
「うん。って最上さん、あと五分でタイムセール開始だよ」
「え! ってここからじゃ間に合わ……ひゃあああ!」
間に合わないと言おうしたキョーコの身体は蓮によりひょいと持ち上げられ、いきなりの事に悲鳴があがる。
「近道するよ。向こうについたら充電よろしく」
「は、はぃぃぃっ」
言うが早いか、軽やかに走り始めた蓮の腕の中でキョーコは滑り落ちないように一生懸命しがみついていた。


「あっ、雨っ」
 買い物袋二つ分の買い物をした二人は、大きい物を蓮、小さい物をキョーコがぶら下げて帰路についていた。
「このあたりには雨宿りできそうな物が何もないね。小走りで帰ろうか」
「はい!」
生憎と予報外の雨に傘を持たない二人は早足で駆け出したのだが、家にたどり着く頃には完全な濡れ鼠となって、フローリングに水跡を残しながら部屋の中に転がり込んだ。
「くっ!」
帰宅と同時にバチバチという静電気に近い破裂音と蓮の苦しげな声があがり、キョーコはビクリと反応して背後を振り返った。
「敦賀さん!」
堪えかねて膝をついた蓮に慌てて駆け寄れば、水分の過剰摂取によるエラー音はバチンバチンとさらに大きくなって室内に響く。
「ください!!」
柳眉を寄せ、俯く蓮を上向かせると、キョーコは自分から唇を寄せる。すると、蓮の腕もキョーコの腰に周り、キョーコの口腔へ己の舌を差し入れた。
「ん……は……」
過剰摂取分を唾液に還元して体外に放出すれば、蓮の異常をつげる音は次第に収まってゆく。
「……ぁんっ……ぁ……」
「っ……もう、大丈夫……かな」
音が止んでも二人はしばらく舌を絡める深い口付けを続けていて、キョーコの悩ましい声にハッと我を取り戻した蓮が抱きしめていた拘束を解いた。
「最上さん。お風呂、入っておいで」
「え?」
「色々透けてる」
「……へ? って、きゃああああ!」
蓮の言葉で自分の惨状を知ったキョーコは大慌てでバスルームへと飛び込んでいったのだが、蓮は己の身に起きている異常に気付く。
(自己修復機能が作動しない……)


「……敦賀さん?」
キョーコが風呂からあがり、部屋に戻ってみれば、蓮がフローリングの上でゴロリと横になっていた。
「敦賀さん? 敦賀さん!?」
礼儀正しい蓮にしては珍しいと怪訝に思ったキョーコが近づいて伺い見れば、その双眸は固く閉じられていて、
「敦賀さん? 起きて下さい? ……敦賀さんっ!!」
その日、蓮の瞳が開く事は一度も無かった。


「先生っ! 敦賀さんはっ!?」
自動扉がウィーンと音を立て、水色の手術着姿のクー・ヒズリが手術室から出てきた瞬間、キョーコは駆け寄り、蓮の容態を問うた。
彼は蓮を作り上げた人物で、世界的な権威である。
「キョーコ。落ち着いて……」
定期メンテナンスに訪れる度に優しい微笑みで歓迎してくれたクーの雰囲気は、キョーコにとって蓮の父親と会っているような気持ちを抱かせていた。
「敦賀さんは、敦賀さんは治りますよね!?」
そんなクーがこれ以上なく困った顔でキョーコを見返していて、それだけで蓮の現状が芳しく無い事を理解したキョーコの瞳からはポロポロと透明の雫がこぼれ落ちていく。
「彼を助ける事は出来る」
「本当ですか!?」
 キョーコの背を撫で、落ち着かせようと労るクーの優しさとその言葉にキョーコは縋る思いで続きを待った。
「ああ……ただね……」
「費用的な問題でしたら、私、一生かけても支払います!」
いいあぐねるクーにキョーコは可能性の一つを上げて、言い切った。
助けられるなら、他に何も望まない。
「いや。そこはいいんだ。蓮は私の可愛い子供なんだからね」
「……はい」
だったら何が……と逸る気持ちをなんとか押し止めてクーの説明を待つ。するとクーは苦しげに表情を曇らせて言った。
「確かに助けられるが、メモリーのオールデリートが免れられないだろうと思う」
「……え……?」
 言葉の意味がすぐには飲み込めずにキョーコはクーをただ見上げた。
 すると、そんなキョーコの心理状態を察したのだろう、クーは混乱するキョーコが分かるように説明をするために口を開いた。
「次に目を開けた時、蓮はキョーコを覚えていないだろう」
「そんなっ……」
「すまない」
キョーコは力を失い、冷たい床の上へとへたり込んだ……。


何故、どうして、
自分を責める言葉を呟いてはうなだれた。
「新しくなった蓮といる事が苦しいなら、別の子と契約する事を考えてもいいんだよ?」
「……そんな事……出来ません……」
フルフルと首を振るキョーコの頑なさにクーはそれ以上は何も言わずに手術室に戻っていった。


「おはようございます、マスター」
「……おはよう……ござい……ます」
キョーコが目を開ければ、そこには見慣れた天井があり、思い描いていた通りの蓮の笑顔があった。
「朝ご飯、出来てるよ。起きてね」
「あ……あの……敦賀さんの充電……は?」
 飛び跳ねるように起き上がり、けれど唇が乾いている現実に、昨日の事が夢ではなかったのだとキョーコの心がきゅううと締め付けられるように痛んだ。
 目の前にいるのにいないという事がこうまで堪えるとは、と泣きたい気分にすら陥る。
「ん? ああ、俺の充電はマスターと一緒に食後の紅茶を頂きますから気にしないで」
「そう……ですか……」
 キョーコはそれ以上何も言えず、用意された朝食を前にいただきますと小さく呟く事が精一杯だった。


「っだー!!! なんだよお前っ、辛気臭い顔しやがって!」
「……別に……何でもないわよ」
学校に到着早々、松太郎は一目でキョーコの異変を察知して問い詰めてきた。
 幼なじみ故か、キョーコの感情の機微には最も敏い人間であるのは確かで、かと言って松太郎が慰める事に長けているかと言えば、全く向いていないのも事実ではある。
「マスターに絡むのはやめてくれないかな、君」
「……君……だぁ?」
常に嫌みを込めて不破君と呼んでくる蓮の言葉に思わず片眉があがる。
ギンと睨めば松太郎の敵意を感じとった蓮の表情も自然と厳しいものとなったが、それでもついこの間まで感じていたはずの威圧感が感じられない。
「マスターとか言ってるあたり、お前、初期化された訳?」
「え? 俺……は……マスター?」
 松太郎の言葉に蓮が困惑顔でキョーコの方へと振り返れば、キョーコは泣く事をこらえるように顔を歪め、唇を噛み締めていて、その表情が雄弁にYESであると物語っていた。
初期化された携帯電話は契約者が呼び方を設定するまでの間、主人をマスターと呼ぶ。
キョーコにはどうしても蓮を一から設定するという事が出来ず、初期設定は手付かずの状態だった。
「なーる。だからんなシケた顔してる訳か」
「……るさい」
小さく呟いたキョーコの声は松太郎には届かず、気づかなかった松太郎はやれやれと大きな溜め息をついてキョーコを見据えた。
「キョーコ。お前、携帯依存症の気があるんじゃねぇ? 初期化しちまったなら機種変更するのが常識だろう?」
 人生を共にする相手に人間を選べずに携帯電話を選んでしまう事。それが現代の依存症なのだから。
「うるさいわね! 勝手な事言わないでよ!」
「キョーコ?」
「私はっ、私はっ」
「マスター……」
「っ!!!」
松太郎の口にする正論も、蓮ではない蓮に見つめられ、マスターと呼ばれる事もどちらも耐えられなくなったキョーコはその場から逃げるように駆け出した。
「マスターっ!?」
「キョーコ!」
駆けるキョーコを呼び止めようとした二人の男は声をあげる。
 二人の違いは人であるか、機械であるか。
 そしてとっさに追いかける事が出来たのは機械の方で、松太郎は二人分の背中が遠ざかるのを見送る事しか出来なかった。


「待って、マスター! 俺を置いてどこにいくの!?」
キョーコと蓮ではそもそものコンパスの長さが違う。けれど俊足の持ち主であるキョーコにはなかなか追いつく事が出来ず、その足を止める事に成功したのはキョーコが部屋の扉を閉めようとしている瞬間だった。
「俺を……捨てるの?」
 閉ざされようとしている扉を両腕の力で無理やりこじ開けている状況はまるで押し込み強盗か何かだが、捨てられるという危機感に動かされる蓮には形振り構う事が出来なかった。
 目の前のキョーコの存在こそが自分の存在意義であり全てなのだ。
「っ……ふ……」
「泣いてるの?」
上下する華奢な肩が震えている事に蓮の中に『痛い』という機械にはあるはずのない感覚が湧き起こる。
「マスター?」
蓮が呟いた刹那、キョーコが勢いよくドアノブを解放し、ドンと蓮の胸板に両の拳をあてた。
「なんなんですか……先に、先に私を置いていったのは敦賀さんのくせにっ」
「マスター……」
フルフルと震えるキョーコは俯いたままで、蓮にはキョーコの表情が見えなかった。
「私の心の中に居場所を作っておいて……いきなり居なくなるなんて……ずるい……」
「…………」
キョーコの涙がポタリと床に落ち、それを見た蓮は、まるで金縛りにでもあったように身動きが取れなくなった。
 指一本動かす事ができず、キョーコの悲痛な声だけがメモリーをいっぱいに埋め、視界の隅に思考回路の異常を知らせるランプが明滅する。
「敦賀さんが悪いわけじゃないって、分かってるけど……」
震える拳が蓮のシャツをくしゃりと握りしめた。
「……分かってる……けど……」
思考回路が動作するより先に蓮の腕はキョーコの頤を掬い上げる。
「……それでも、私を忘れちゃ……嫌です……」
頬を伝う涙の雫の輝きに、蓮は吸い寄せられるように唇を寄せた。




「最上さん。朝だよ。起きて?」
 カーテンの隙間から零れる朝日の眩しさに身じろぎしたキョーコに、大きな手の持ち主は優しく揺り起こそうとしたのだが。
「んぅ……」
「あ……」
あともう少しだけ、とキョーコは蓮の肩口に顔をうずめてしまい、キョーコに腕を貸していた蓮は身動きが取れなくなった。
 子猫が親猫に甘えるような仕草にクスリと笑い、自分の腕ならば痺れる事もないのだから、あと少しだけならいいか……と幸せそうな寝顔をじっと見下ろし、一時のまどろみの中にたゆたう……。


「最上さん。そろそろ時間も限界だよ。起きて? でないと今朝も悪戯するよ?」
「んー……むにゃ……」
近頃、どうにも寝汚くなってしまったキョーコを見下ろしている蓮の瞳に剣呑な色が宿る。
「ほら……起きないと……」
 そう呟くなり、蓮の唇はキョーコのそれに噛みつくような勢いで重なり、
「っ!!!? んーっむっ!!!!」
今日も今日とて最上キョーコの一日は熱烈なキスで幕が開けた。



「いやーっ!! 遅刻するーっ!!」
「言っておくけど、俺はちゃんと起床予定時刻に何度も起こしたからね」
ドタバタと用意に明け暮れるキョーコとは対照的に蓮は優雅に上質のコーヒーを口に運んでいる。
「つ、敦賀さんの支度は!?」
「出来てるよ。戸締まりもガスの元栓までチェック済み」
「うぅっ」
完璧な携帯電話を相手にどちらが主人なんだかという慌ただしさで時間は過ぎていく。
「って、敦賀さん。防水クリームは塗りましたか?」
 例の一件以来、責任を感じたクーが外部からの水分の過剰摂取を防止する為に防水クリームなるものを開発し、蓮はそれを常用している。
「勿論。最上さんを悲しませるような真似。もうしないよ」
「良かった。じゃあ、私も用意出来ましたから、いきましょう!」
いそいそと鞄を肩にかけるキョーコの後ろからそれをサポートし、蓮はキョーコの為に扉を開ける。
「じゃあ、行こうか」
「はい!!」
ガチャリと錠が閉められ、タンタンタンと階段を降りる音と二人の笑い声があたりに反響し、自然と遠ざかっていった。

こうして、一人の少女の幸せは、世界で一つだけの携帯電話が慈しみ、守り通してゆく事になるのでありました。


めでたしめでたし。





かなり前に寄稿したものなのですが、お楽しみ頂けたならうれしいです><
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